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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)129号 判決

大阪府大阪市北区茶屋町12番6号

原告

日本聖器株式会社

代表者代表取締役

宮脇昭太郎

訴訟代理人弁理士

藤本昇

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

佐藤久容

幸長保次郎

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第6424号事件について、平成6年4月13日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年8月12日、名称を「衣類等の保存袋」とする考案(後に、名称を「衣類及び寝装類の保存袋」と補正、以下「本願考案」という。)につき、実用新案登録出願(以下「本願」という。)をしたところ、平成2年3月20日に拒絶査定を受けたので、同年8月12日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成2年審判第6424号事件として審理したうえ、平成6年4月13日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月16日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

耐熱層の内周面側に非通気性層を形成し、且つ物品収容口にファスナーを具備していない包装体と、該包装体の非通気性層の内周面の全面に設けられ、且つ前記耐熱層及び非通気性層の融点よりも低い融点を有し、しかも前記包装体の耐熱層の外周面側から家庭用アイロンで加熱加圧することで溶融して包装体の物品収容口を密封し得るホットメルト層とからなり、更に前記物品収容口の端縁が面一に形成されてなることを特徴とする衣類及び寝装類の保存袋。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願考案は、実願昭57-99598号(実開昭59-3846号)のマイクロフィルム(以下「引用例」という。)に記載された考案(以下「引用例考案」という。)と同一であり、実用新案法3条1項3号の規定により実用新案登録を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

本願考案と引用例考案との一致点及び相違点の認定は認める。審決の相違点についての判断のうち、保存袋の収容物の相違及びファスナーの有無についての判断(審決書4頁17行~5頁13行)は争わない。

審決は、本願考案と引用例考案の後記相違点に係る構成の技術的意義を誤認して、相違点はいずれも実質的な差異ではないとして、本願考案と引用例考案とは同一であると誤って判断した。

1  取消事由1

本願考案においては、「ホットメルト層が全面に形成されている」のに対し、引用例には、この要件につき記載がない。

審決は、この相違点(以下「相違点1」という。)につき、「ホットメルト層の形成範囲について、引用例には袋本体の少なくとも開口端部側に形成するというのみで格別の限定はなく、その作用上もこれら所要の範囲以外はその有無を問うところでないのであって、本願考案においてもこれらの事情に変わりはないのであるから、これらの要件をもって両者に実質的な差異があるということはできない。」(審決書5頁14行~6頁1行)と判断したが、誤りである。

確かに、引用例考案においては、ホットメルト層の形成範囲について袋本体の少なくとも開口端部側に形成するというのみで格別の限定はないが、その実用新案登録請求の範囲の「少なくとも開口端部側の内面をヒートシール可能なプラスチツクに形成する」、「袋本体の開口端部側の所要面にアイロン目安部を形成して、このアイロン目安部に沿つてアイロンがけを行うことにより袋本体の開口部をヒートシールする」との記載から明らかなように、アイロン目安部に沿ってアイロンをかけ、この目安部に沿ってその下側を切断することで開口するようにしているものであるから、アイロン目安部が設けられていない部分ではヒートシールすることは必要がないものである。したがって、引用例考案には、内周面全面にホットメルト層を設けることは開示されていない。

これに対して、本願考案は、ホットメルト層を包装体内周面の全面に設けることが必須要件であり、これによって、保存袋の任意箇所を溶融して、袋の密封化を図ることができるので、収容物の大きさを考慮してどこでも自由な箇所にアイロンをかけることができ、引用例考案におけるようなアイロン目安部を設けることも必要ではない。

したがって、本願考案において、「ホットメルト層が全面に形成されている」構成は引用例考案との実質的な相違であって、これを実質的な相違と認めなかった審決の判断は誤りである。

2  取消事由2

本願考案においては、「最外層に耐熱層を有し、ホットメルト層が耐熱層及び非通気性層よりも低い融点を有している」のに対し、引用例には、この要件につき記載がない。

審決は、この相違点(以下「相違点2」という。)につき、「本願考案における耐熱性等の要件は、引用例記載のものにおいて袋本体外層及び内層に求められるところと変わりはなく、前記の塩化ビニリデン層の外側にナイロン層、内層にポリエチレン層を配した3層構造のものは、本願考案とその構造及び材質を同じくするところから、これらの点に鑑み、これらの要件について実質的な差異があるとすることはできない。」(審決書6頁13行~7頁1行)と判断したが、誤りである。

引用例考案は、衣料用害虫による衣類の食害を防止するために用いられる防虫用衣料袋であり、その防虫方法として、害虫の生存に必要な酸素を除いてしまうものであり、酸素ガスバリヤー効果の高いプラスチックフィルムで形成された外層(甲第1号証の2明細書5頁14~16行)を非通気性層とし、内層をヒートシール可能なプラスチックとした2層構造であり、外側を敢えて耐熱層とする必要はない。引用例に「ナイロン/塩化ビニリデン/ポリエチレン等のラミネートフィルム」が挙げられているのは、あくまでも酸素ガスバリヤー効果の高いプラスチックフィルムの実施例を挙げたにすぎず、該フィルムは耐熱を目的として構成されていない。一般にナイロンと称するときは、6ナイロン又は6、6ナイロンを指すのであり、該ナイロンは耐熱性に優れていることは周知であるが、酸素ガスバリヤー効果を有することは一般的ではなく、酸素ガスバリヤー効果を有するナイロンは共重合性のナイロンや特殊ナイロンを指すのが一般的である。したがって、引用例考案におけるナイロンが6ナイロン又は6、6ナイロンを指すとは到底考えられない。すなわち、引用例考案の構造はナイロン/塩化ビニリデン/ポリエチレンからなる3層構造の一種類のラミネートフィルム(複合フィルム)の最内層側にさらにポリエチレンが1層配置された2層構造であると解さなければならない。

これに対して、本願考案は、衣類の防虫を目的とするものではなく、その課題とするところは、家庭用アイロンを用いて手軽にかつ確実に密封することができ、必要以上に加熱加圧しても該袋の有する機能を損ねることがないことにあり、本願考案の構造は、耐熱層(6ナイロンや6、6ナイロン等)/非通気性層(塩化ビニリデン)/ホットメルト層(ポリエチレン)のそれぞれの層が別機能を持つ3種類のフィルムの積層体(結果的には3層構造)となっている。本願考案において、外層が耐熱層であるのは、高温のアイロンを物品収容口の外周面に近づけても、物品収容口の外周面に皺が寄り難くなり、家庭の主婦などが必要以上に強く加圧加熱しても、非通気性層やホットメルト層を構成する材料が熱によって溶け、アイロンの加圧面に付着すること等を防止でき、非通気性層の機能を損ねることを効果的に防止する、等の効果を生じさせるための必須要件である。

したがって、本願考案の、耐熱層、非通気性層、ホットメルト層の3層構造と、引用例考案の、非通気性層、ホットメルト層の2層構造の相違は実質的なものであり、これを実質的な相違でないとした審決の判断は誤りである。

被告は、引用例考案のナイロンはヒートシールの加熱条件に耐えるから、本願考案における耐熱層と実質上変わりはないと主張するが、上記のとおり、引用例考案における酸素ガスバリヤー効果の高いナイロンが本願考案における耐熱層のナイロンと同じものであるとはいえないから、被告の上記主張は失当である。

3  取消事由3

本願考案においては、「物品収容口の端縁が面一に形成されてなる」のに対し、引用例には、この要件につき記載がない。

審決は、この相違点(以下「相違点3」という。)につき、「本願考案において、物品収容口の端縁が面一に形成されてなることについて、その明細書の記載を見ても、面一であることにより物品収納口での加熱加圧作業が容易となり、その仕上がり状態が非常に美麗となるというものの、予めこれら物品収容口端部を長短なく揃えることは通常行うところであるが、これが直ちに面一の状態での融着作業や仕上り状態を結果するものではなく、そのための格別の構成もないのであるから、これらの点に格別の意義があるとすることはできない。」(審決書7頁2~12行)と判断したが、誤りである。

引用例考案のような構成のものにおいて、使用時に物品収容口端部を長短なく揃えなければ、ホットメルト層がアイロンの加圧面に当接してしまい、溶融したホットメルトが他の箇所に付着して汚れてしまうおそれがあるが、本願考案では該物品収容口端部を面一に構成してなるため、袋の開口側端縁を一切揃える作業が必要でなく、ホットメルトの付着のおそれがない。このことは外層が耐熱層で構成されていることとの相乗効果である。

このように、上記面一構成は、本願考案の他の構成との組合せによって、より一層、家庭用アイロンの加熱加圧状態や加圧角度にかかわりなく、アイロンの加熱加圧面がホットメルト層と当接することがなく、たとえホットメルト層が外部へ溶出したとしても、面一な端縁に沿って若干流出するだけにとどまり、したがって、溶出したホットメルトがアイロンの加熱加圧面に付着することを防止し、物品収容口での加熱加圧作業が容易になるうえ、その仕上がり状態も非常に端麗なものとなる、という明白な効果を奏する。

したがって、審決の上記判断は誤りである。

第4  被告の反論

審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

引用例考案において、アイロン目安部は、アイロンがけや袋の開口の際の作業上の便宜を図るためのものであるから、ホットメルト層の形成範囲を限定するものではない。また、引用例の「袋本体の少なくとも開口端部側の内面」(甲第1号証の1実用新案登録請求の範囲)との要件は、最小限の範囲をいうにすぎないのであって、開口端部側からの形成範囲を制限あるいは限定するものではない。さらに、袋本体の構造とホットメルト層の形成態様について、「また少なくとも開口端部側内面がアイロンによるヒートシール可能な材質であればいずれのものでもよく、例えば全体をポリエステルフイルムで形成すると共に、その開口端部側内面にのみポリエチレンフイルムを積層するなどのことも可能である。」(甲第1号証の2明細書8頁13~18行)との記載からすると、ホットメルト層を袋全体に形成し得ることを前提としていることは明らかである。

したがって、審決には引用例考案のホットメルト層の形成範囲についての誤認はなく、審決の「これらの要件をもって両者に実質的な差異があるということはできない。」(審決書5頁19行~6頁1行)との判断に誤りはない。

2  取消事由2について

引用例考案は、その袋本体をアイロンによってヒートシールするものであるから、3層からなる袋本体の外層は、その内層を溶融せしめるヒートシールの加熱条件に耐えるものであることは明らかであり、一方、本願考案の耐熱層も、ホットメルト層である内層が外層よりも低い融点を有するという要件により、ヒートシールに際して内層が溶融するとき外層が溶融しないというものであるから、これらはヒートシールの加熱条件下での耐熱性の性状の点で変わりはない。

すなわち、引用例考案のナイロン/塩化ビニリデン/ポリエチレンの3層からなる構造について、それぞれの材質からみると、ナイロンは酸素ガスバリヤー効果すなわち非通気性が高いが、塩化ビニリデンはさらに非通気性に優れたものであり(乙第1号証の2「プラスチックフィルム(増補版)」10頁表1.7「主要なプラスチックフィルムの気体の透過性」)、これらの使用条件下で本願考案における非通気性層と同様に機能することが明らかである。そして、一般にナイロンと称するときは、6ナイロン又は6、6ナイロンを指す(乙第2号証の2「ポリアミド樹脂」12頁2行及び25頁7~8行)から、引用例考案の外層となるナイロンは、その種別は特定されていないが、6ナイロン又は6、6ナイロンと解されるところ、本願考案の耐熱層については「ポリアミド系樹脂シート(6ナイロン、6、6ナイロン)が推奨され」(甲第3号証4欄28~30行)るというのであるから、両者において、ナイロンの種別に差異はない。

また、6ナイロン及び6、6ナイロンの融点はポリエチレンの融点、ポリエチレンシートの熱接着温度より高い(乙第2号証の4「ポリアミド樹脂」44頁表3.2「ナイロンの溶解温度領域」、同第3号証の2「ポリエチレン樹脂」83頁1~2行、同第1号証の3「プラスチックフィルム(増補版)」167頁表5.3「主なプラスチックフィルムの熱接着温度範囲」)から、引用例考案の外層はヒートシールの加熱条件に耐えるものであり、本願考案における耐熱層と実質上変わりはない。

したがって、両者に実質的な差異はないとした審決の判断に誤りはない。

3  取消事由3について

一般に保存袋のような物品においては、製品として袋開口端縁の表側と裏側とは長短なく一致するよう寸法を揃えるものであって、その状態では開口端縁に不揃いはなく、面一ということができるものである。

ところで、このように予め表裏の端縁が長短なく作成されていても、袋の内部に物品を収納してその開口端縁を揃えた状態ではヒートシールすることは困難である(甲第1号証の2明細書7頁14行~8頁4行)。このような事情からすれば、袋本体の物品収容口の端縁を長短なく揃えた構成をもってしても、衣類等を収容した状態での融着作業やその仕上がり状態で収容口の端縁が揃った形態を保つことは困難なのである。本願考案においてもこれらの事情に変わりはない。

したがって、本願考案の面一構成を引用例考案と差異がないとした審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について

本願考案と引用例考案とが、審決認定のとおり、「非通気性層を有する包装体の非通気性層の内周面に、包装体の外周面側から家庭用アイロンで加熱加圧することで溶融して包装体の物品収容口を密封し得るホットメルト層を有する、衣類の保存袋」という構成で一致すること(審決書4頁1~5行)は、当事者間に争いはない。

そして、引用例(甲第1号証の2明細書)の「袋本体1は、第3図に示したように、外層2がポリエステル、ナイロン等の酸素ガスバリヤー効果の高いプラスチツクフイルムで形成されていると共に、内層3がポリエチレン等のアイロンによるヒートシール可能なプラスチツクフイルムで形成されている。前記袋本体1の外側一面には、その開口端部側に存して、互いに所定間隔離間する複数本の線状のアイロン目安部4がそれぞれ幅方向(袋本体1の開口縁部)に沿つて印刷により形成されている。」(同5頁13行~6頁2行)、「上述した構成の防虫用衣料袋は、その使用に当り、内部に衣類と脱酸素剤を入れ、次いで複数本の線状アイロン目安部4のうち最も上側(開口端部側)の第1目安部4aを目安とし、この目安部4aに沿つてその上側をアイロンがけするものである。これにより、アイロンの熱で・・・袋本体1内面の開口端部側一面と他面とが熱融着し、袋本体1の開口部9が気密に密封されるものである。」(同6頁11~20行)、「中の衣類を取り出す場合は、前記第1アイロン目安部4aを目安とし、この目安部4aに沿つてそのやや下側をはさみ等で切断すれば袋本体1が開口するので、衣類を取り出すことができる。更に、再度使用する場合は次の第2アイロン目安部4bを目安とし、以下同様に操作すればよい。」(同7頁8~13行)、「アイロン目安部4の数も上記実施例に限られない。」(同9頁10~11行)との記載によれば、引用例考案は、袋本体に複数のアイロン目安部を設け、衣料を収納した後、この目安部を目安とし、この目安部に沿つてその開口部側をアイロンがけすることにより、袋本体の内周面の開口端部側が熱融着して気密に密封して衣類を保存するとともに、中の衣類を取り出す場合は、前記目安部を目安とし、この目安部に沿つてそのやや下側をはさみ等で切断して、袋本体を開口して、衣類を取り出し、これを繰り返せば、再度の使用ができるとの作用効果を奏するものであると認められる。

このように、引用例考案において予定されている多数回使用するためにアイロン目安部を多数設ける場合には、ポリエチレン等のヒートシール可能なプラスチックフィルムを設けた部分が広いことが求められ、この場合に、ポリエチレン等のフィルムを設ける部分とそうでない部分を必ず区別して設ける必要はなく、袋本体の内周面全面にポリエチレン等のヒートシール可能なプラスチックフィルムを設けても、衣類の保存袋としての機能が損なわれるものではないことは明らかであり、引用例にも、「袋本体の材質として・・・2層のラミネートフイルムを例示したが、本考案はこれに限られるものではなく、・・・ナイロン/塩化ビニリデン/ポリエチレン等のラミネートフイルムも好適に使用でき、その他酸素バリヤー効果を有し、また少なくとも開口端部側内面がアイロンによるヒートシール可能な材質であればいずれのものでもよく」(同8頁5~15行)として、袋本体の材質として、アイロンによるヒートシール可能なポリエチレン等がナイロン・塩化ビニリデンに積層されたものを挙げ、かつ、開口端部側内面にのみポリエチレンフィルムを積層したものに限定されないことを明らかにしていることが認められる。

これによれば、引用例考案にはホットメルト層が内周面の全面に形成されていることが開示されているというべきであり、引用例には内周面全面にホットメルト層を設けることは開示されていないとの原告の主張は採用できない。

一方、本願明細書の「本考案の保存袋の場合、上記のように非通気性層の内周面の全面に形成した単なるホツトメルト層で、物品収容口を確実に密封できるようにしたことによつて、物品収容口の内面に熱可塑性樹脂よりなる係着可能なフアスナを設ける必要がなく、このフアスナを設ける場合にくらべて、製作が面倒にならないとともに、安価に保存袋を作ることができる。更に、前記ホットメルト層は包装体の内周面の全面に設けられているので、保存袋の適宜箇所を溶融することができる他、該保存袋を使用する際は、物品を収納口から収容後、家庭用アイロンにて該保存袋の物品収容口の近傍を溶融密封して使用状態とし、使用後にその溶融部分のみを切断して物品を取り出し、その後再度物品を収納して前記切断後の端縁を溶融するという反復作業により、この保存袋を複数回継続して使用することが可能となる。」(甲第3号証3欄44行~4欄7行、同4号証補正の内容(7)、(8))との記載によれば、本願考案において、ホットメルト層の形成範囲を包装体の非通気性層の内周面の全面と構成したのは、保存袋の適宜箇所を溶融できるほか、使用後にその溶融部分のみを切断して、保存袋の複数回の継続使用が可能となるとの作用効果を奏するためと認められ、引用例考案の上記作用効果と変わるところはない。

したがって、審決が、相違点1について、「ホットメルト層の形成範囲について、引用例には袋本体の少なくとも開口端部側に形成するというのみで格別の限定はなく、その作用上もこれら所要の範囲以外はその有無を問うところではないのであって、本願考案においてもこれらの事情に変わりはないのであるから、これらの要件をもって両者に実質的な差異があるということはできない。」(審決書5頁14行~6頁1行)と判断したことに誤りはない。

取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について

審決が、「本願考案において、アイロンを家庭用とした点は、そのシール作業上加熱加圧手段として通常のアイロンと区別する格別の意義はなく」(審決書3頁12~14行)とした点は、原告の認めるところである。

そして、本願明細書の「包装体の耐熱層の外周面から家庭用のアイロンを用いて物品収容口を加熱加圧することにより、物品収容口の対向する内周面のホツトメルト層が耐熱層および非通気層より低融点でかつ単なる層であるから、短時間で簡単にこのホツトメルト層のみが溶融して一体化し、家庭で手軽に保存袋の物品収容口を密封することができる。」(甲第3号証3欄23~30行)との記載と本願考案の要旨によれば、本願考案における「耐熱層」、「非通気性層」の耐熱性は、アイロンによる加熱に耐えることができる程度のもので足りると解され、その材質に特段の限定はなく、本願明細書において、耐熱層として「ポリアミド系樹脂シート(6、6ナイロン、6ナイロン)」が、「非通気性層」として「塩化ビニリデンシート」が例示されており(甲第3号証4欄28~32行)、また、その「ホツトメルト層」については、本願考案の要旨に示すとおり、「耐熱層及び非通気性層の融点よりも低い融点を有し」ているとの構成以外に特に材質に限定はなく、その例として「ポリエチレン」が挙げられている(甲第3号証4欄30~33行、同4号証補正の内容(12))ことが認められる。

一方、引用例(甲第1号証の2明細書)の「袋本体の材質として・・・2層のラミネートフイルムを例示したが、本考案はこれに限られるものではなく、・・・ナイロン/塩化ビニリデン/ポリエチレン等のラミネートフイルムも好適に使用でき」(同8頁5~12行)との記載によれば、引用例には、審決認定のとおり、「袋本体が、ナイロン、塩化ビニリデン、及びポリエチレンの3層からなるものが記載されている」(審決書3頁8~10行)と認められ、このナイロンにつき、引用例にはその種類を特に限定する記載はなく、昭和45年7月25日初版発行「ポリアミド樹脂」(乙第2号証の1~5)によれば、わが国におけるナイロン樹脂の大部分は6ナイロンであり(同号証の2)、また、一般にナイロンと称するときは、6ナイロン又は6、6ナイロンを指すことは、原告も自認するところであるから、引用例考案において、袋本体が6ナイロン又は6、6ナイロン、塩化ビニリデン及びポリエチレンの3層からなるものを含むことは明らかである。

以上の事実によれば、引用例考案の袋本体が6ナイロン又は6、6ナイロン、塩化ビニリデン、及びポリエチレンの3層からなるものは、本願考案とその構造及び材質を同じくするものであることは明らかであり、この点において、実質的な差異があるものとは認められない。

原告は、引用例考案は、防虫用衣料袋であるから、酸素ガスバリヤー効果の高いプラスチックフィルムで形成された外層を非通気性層とし、内層をヒートシール可能なプラスチックとした2層構造であり、外側を敢えて耐熱層とする必要はないと主張する。

しかしながら、前記1のとおり、引用例考案は、袋本体の開口部側をアイロンがけすることにより、袋本体の内周面の開口端部側が熱融着して気密に密封するものであるから、外層はアイロンによる加熱で溶融しない材質でなければならないことは当然であり、引用例に記載されたナイロンが、本願考案における「耐熱層」が備える程度の耐熱性を備えるナイロンでなければならないことは、明らかである。

また、原告は、引用例考案の構造はナイロン/塩化ビニリデン/ポリエチレンからなる3層構造の一種類のラミネートフィルム(複合フィルム)の最内層側にさらにポリエチレンが1層配置された2層構造であると主張するが、引用例には、原告主張のような構造を開示若しくは示唆する記載はない。

さらに、原告は、引用例考案のナイロン層は耐熱性を目的とせず、酸素ガスバリヤー効果を目的としていることを前提として、酸素ガスバリヤー効果を有するナイロンは共重合性のナイロンや特殊ナイロンを指すのが一般的であって、6ナイロン又は6、6ナイロンが酸素ガスバリヤー効果を有することは一般的ではないから、引用例考案におけるナイロンが6ナイロン又は6、6ナイロンを指すとは到底考えられないと主張する。

しかしながら、前記のとおり、引用例考案において、ナイロンは耐熱性を備えることが必要であり、また、昭和45年6月30日2版発行「プラスチックフィルム(増補版)」(乙第1号証の1~4)によれば、「ナイロン」の酸素透過率は、ポリ塩化ビニリデンに較べると高いものの、同表に記載されたプラスチックフィルムの中では、低い部類に属するものと認められ(同号証の2、10頁表1.7)、この「ナイロン」には、特に6ナイロン及び6、6ナイロンを排除する記載はないから、6ナイロン及び6、6ナイロンが酸素ガスバリヤー効果を持たないものということはできず、したがって、原告の上記主張のように、引用例考案におけるナイロンから6ナイロン及び6、6ナイロンが排除され、共重合性のナイロンや特殊ナイロンに限定されると解することはできない。

以上によれば、審決が、相違点2について、「本願考案における耐熱性等の要件は、引用例記載のものにおいて袋本体外層及び内層に求められるところと変わりはなく、前記の塩化ビニリデン層の外側にナイロン層、内層にポリエチレン層を配した3層構造のものは、本願考案とその構造及び材質を同じくするところから、これらの点に鑑み、これらの要件について実質的な差異があるとすることはできない。」(審決書6頁13行~7頁1行)と判断したことに誤りはない。

取消事由2は理由がない。

3  取消事由3(相違点3についての判断の誤り)について

原告は、本願考案では、物品収容口端部を面一に構成しているため、袋の開口側端縁を一切揃える作業が必要でなく、ホットメルトの付着のおそれもないと主張する。

しかし、保存袋のような製品においては、製品としての見栄えからしても、通常、開口部の対向する各端縁が面一に形成されていることは社会生活上の顕著な事実であり、また、前記2のとおり、引用例考案においては、袋本体として、2層あるいは3層のラミネートフィルムを使用するものであって、このようなラミネートフィルムを袋として成形する場合、その各端縁をあえて面一にしない特段の技術的理由がない限り、その各端縁を面一にすることが通常行われていることと認められ、引用例には、これを面一に構成しない特段の理由の記載はない。

したがって、本願考案の物品収容口端部を面一に構成した点及びその効果は、引用例考案の保存袋においても、通常備えている構成及び効果であると推認することができ、この点に、実質的な差異があると認めることはできない。

審決が、相違点3について、「前記の相違点をもって引用例記載の考案と実質的に差異があるとすることはできない。」(審決書7頁13~15行)と判断したことに誤りはない。

取消事由3は理由がない。

4  以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文  裁判官押切瞳は転補のため、署名捺印することができない。 裁判長裁判官 牧野利秋)

平成2年審判第6424号

審決

大阪府大阪市北区茶屋町12-6

請求人 日本聖器株式会社

大阪府大阪市中央区南船場2丁目5番8号 長堀コミユニテイビル

藤本昇特許事務所

代理人弁理士 藤本昇

大阪府大阪市北区神山町8番1号 梅田辰巳ビル

代理人弁理士 鈴江孝一

大阪府大阪市北区神山町8番1号 梅田辰巳ビル 鈴江孝一特許事務所

代理人弁理士 鈴江正二

昭和61年実用新案登録願第123687号「衣類等の保存袋」拒絶査定に対する審判事件(平成3年12月19日出願公告、実公平3-56536)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1. 出願の経緯及び本願考案

本願は、昭和61年8月12日の出願であって、その考案は、当審で出願公告後、平成4年11月30日付手続補正書により補正された明細書及び図面の記載から見て、以下のとおりと認める。

「耐熱層の内周面側に非通気性層を形成し、且つ物品収容口にファスナーを具備していない包装体と、該包装体の非通気性層の内周面の全面に設けられ、且つ前記耐熱層及び非通気性層の融点よりも低い融点を有し、しかも前記包装体の耐熱層の外周面側から家庭用アイロンで加熱加圧することで溶融して包装体の物品収容口を密封し得るホットメルト層とからなり、更に前記物品収容口の端縁が面一に形成されてなることを特徴とする衣類及び寝装類の保存袋。」

2. 引用例

これに対し、異議申立人株式会社クラレの提出した実願昭57-99598号(実開昭59-3846号)のマイクロフィルムの写し(以下、引用例という。)には、袋本体の外層が酸素ガスバリヤー効果の高いプラスチックフィルムで形成されていると共に内層がヒートシール可能なプラスチックで形成され、開口端部側をアイロンによってヒートシールして、該開口部を密封する衣類の保存袋が記載され、さらに袋本体が、ナイロン、塩化ビニリデン、及びポリエチレンの3層からなるものが記載されている。

3. 本願考案と引用例との対比

本願考案において、アイロンを家庭用とした点は、そのシール作業上加熱加圧手段として通常のアイロンと区別する格別の意義はなく、そのホットメルト層は引用例記載のヒートシール可能なプラスチック内層に、また、その非通気性層は引用例記載の酸素ガスバリヤー効果の高いプラスチックフィルムにそれぞれ相当するから、本願考案と引用例とを対比すると、両者は、

「非通気性層を有する包装体の非通気性層の内周面に、包装体の外周面側から家庭用アイロンで加熱加圧することで溶融して包装体の物品収容口を密封し得るホットメルト層を有する、衣類の保存袋、」という構成で一致し、本願考案において、保存袋の収容物に寝装類があること、保存袋が物品収納口にファスナーを具備していないこと、ホットメルト層が全面に形成されていること、その最外層に耐熱層を有し、ホットメルト層が耐熱層及び非通気性層よりも低い融点を有していること、及び、物品収容口の端縁が面一に形成されてなること、の各要件について、引用例に記載がない点で相違がある。

4. 当審の判断

上記相違点について検討する。

保存袋の収容物について、本願考案における保存袋は引用例記載のものにおけると同じく衣類を収容するのであって、かかる構成に差異はない。寝装類を対象としてもこれらの構成は変わらないから、この点をもって両者の実質的な相違をなすものということはできない。

物品収容口のファスナーについて、引用例の記載を見ると、ファスナーに相当するチャック部材を具備した例があるが、このチャック部材は袋本体に衣類が入った状態で開口部の周縁部を合わせてヒートシールするのが困難な場合に、このチャック部材を閉じることによって開口部の周縁部を容易に合わせることができるようにするというに止まり、これら包装体において必須の要件ということはできないものであるから、本願考案がこれらの要件を除外することで両者に差異があるとすることはできない。

ホットメルト層の形成範囲について、引用例には袋本体の少なくとも開口端部側に形成するというのみで格別の限定はなく、その作用上もこれら所要の範囲以外はその有無を問うところでないのであって、本願考案においてもこれらの事情に変わりはないのであるから、これらの要件をもって両者に実質的な差異があるということはできない。

本願考案における耐熱層について、その明細書の記載をみても、ナイロン等を挙げた例示がある外、その融点等の耐熱性を示す特定の温度条件は示されておらず、その使用態様からすれば、家庭用アイロンによる加熱加圧により、内層の非通気性層を介してホットメルト層を加熱加圧して融着するのであるから、その際の加熱加圧条件に耐えることが求められるのであって、ホットメルト層の融点もこれと相対的に定まるものであり、その余に格別の条件もしくは課題は見当たらない。

そうして見ると、これら本願考案における耐熱性等の要件は、引用例記載のものにおいて袋本体外層及び内層に求められるところと変わりはなく、前記の塩化ビニリデン層の外側にナイロン層、内層にポリエチレン層を配した3層構造のものは、本願考案とその構造及び材質を同じくするところから、これらの点に鑑み、これらの要件について実質的な差異があるとすることはできない。

さらに本願考案において、物品収容口の端縁が面一に形成されてなることについて、その明細書の記載を見ても、面一であることにより物品収納口での加熱加圧作業が容易となり、その仕上がり状態が非常に美麗となるというものの、予めこれら物品収容口端部を長短なく揃えることは通常行うところであるが、これが直ちに面一の状態での融着作業や仕上がり状態を結果するものではなく、そのための格別の構成もないのであるから、これらの点に格別の意義があるとすることはできない。

従って、本願考案は前記の相違点をもって引用例記載の考案と実質的に差異があるとすることはできないものである。

5. むすび

以上のとおりであるから、本願の考案は、引用例に記載される考案と同一であり、実用新案法第3条第1項3号に該当し、実用新案登録を受けることができないものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年4月13日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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